風が柔らかい。昨日まで刺すように冷たい空気だったのに、途端に春になったみたいだ。空に向かって伸びている枯れ木のてっぺんが霞んで見える。蜂蜜みたいな夕日が空をいちめん薄く塗っている。
Twitterを見なくなり、ネットニュースを見なくなった結果、美術館やNASAの記事を見る時間が増えた。ナショジオの定期購読を随分前にやめたのだが、ニュースレターだけは受け取っている。目を通すとやはり面白い。購読したいが紙の本は嵩張るのが難点だ。英語版のKindleがあるといいのだが。
速報性からは離れるがナショジオキッズをなんとなく読んでみる。サイトの更新頻度がわからないが、現在のトップにはチリについての記事がある。簡潔な内容だが無知の者には結構面白い。首都近郊には全人口の四割が居住しているそうで、郊外の子供たちは通学に時間がかかるため朝が早いとある。日本でも中学高校が遠すぎることはままあるが、チリも同じような感じなのだろうか。小学校が遠いのだとしたら相当大変だ。
またチリの先住民族マプチェ、wikiによればその名前の由来は彼らの言語で大地(Mapu)に生きる人々(Che)だという。とてもいい響きだ。チェ、という言葉は隣国アルゼンチンの雄ゲバラの愛称を思い出すが、あちらはスペイン語か。入植者たち、彼らと争った民族。様々の血と動乱の歴史を持つ南米の地に想いを馳せる。
地下鉄のエスカレーターに貼ってある注意喚起のピクトグラムをなんとなく眺めていた。大人と子どもが並んでエスカレーターに乗っている図。各配色は、注視すべき子どもが赤色、保護者とエスカレーターが青色、エスカレーターの安全ラインが黄色(これは実物通りか)となっている。良いデザインは直感的で実用的だ。
もし非常口のピクトグラムが緑色ではなく赤色だったら不安感を与えるのだろうなとホームに立って考える。こういう感覚は、緑はgo、赤はstop、黄色はcautionを示す信号機を連想するからか(それが全てではないにしろ)。そう言えばなぜ青信号はそのカラーであるところの緑信号と呼ばずに青信号と呼ぶのだろうと疑問を持つ。検索すると解説をしているサイトが色々出てきて面白い。電車を待つあいだ。
一昨日本郷のあたりをぶらぶら歩いた。年始のためにまだ相当の店は閉まっていた。謹賀新年の貼り紙を幾度も見ながら坂を下りて白山通りに出ると、都心へ向かうにつれて結構な人出にあった。神保町で本を買おうと思ったがやめて戻り、また坂を上った。珈琲豆を買おうか迷ったが、出直すことにした。
昨日は「燃ゆる女の肖像」を見た。途中までは「面白いけど好きかと言われるとどうだろう」と思っていたけれど、ラスト十数分で完全にやられた。見る者と見られる者。両者はどこまでも対等だ。エロイーズは美しい愛を抱えたまま黄泉から戻らないことを選んだのだろう。それを死とは呼びたくないけれど、ひとつの終わりは悲しい。
帰りに皇居のあたりまで行ったら人は全然いなかった。鴨がゆったりと泳いでいる水にあかるい空が映っている。そのひらけた空気を吸って電車に乗った。